このごろ昔の日本映画を見るのが好きになった。今、いいなあと想い出すのが、成瀬巳喜男監督、高峰秀子主演の「浮雲」「乱れる」「女が階段を上る時」。
小津安二郎監督ではだんぜん「麦秋」。わたしの生まれる以前の北鎌倉駅のプラットフォームで、朝、主人公の原節子が近所の会社員の青年と話を交わすところ。駅の周辺は今よりもうっそうとした木々が茂っていて、それが夏の風であろうか、ざわざわと揺れている。
その中で電車を待つ青年が本を読んでいて、原節子が「何を読んでいらっしゃるの」とかなんとか尋ねる。その本は「チボー家の人々」。内容をページをぱらぱらとめくりながら、青年は原に話す。
それと、最後の麦の穂がざあっと揺れている場面。
最近見た「乱れる」はやはり高峰秀子と十歳年下の加山雄三が主人公。とても哀しい物語である。実家に帰る寸前に駅を降りた高峰と加山は泊まる筈の温泉宿で、高峰はこよりをつくり、加山の指に巻く。「こうしてあなたは小さい頃、わたしの指にこよりをゆわえて、約束を守ってと言ったのよ。だから、わたしもあなたの指に巻いて、明日バスで帰る約束をして、と言う」と話す。
こよりというのは、私も小さい頃、うちと親しいおばあさんが作ってくれるのを見たことがある。くるくると指で紙を細くまるめて強いこよりを作る。それには驚いたけれども、じぶんでいくらうまく作ろうとしても、あのように紐のように強く作れたことはない。
翌朝、崖から落ちて亡くなった人が、ござに覆われて運ばれるのを高峰は宿の窓から見る。だらん、とたれた指にはあのこよりが巻きつけてあった・・・。高峰は驚愕し、追いかける・・・。というところで終わり。
加山雄三は、本当に演技がぶっきらぼうで下手なのだが、そのキャラクターがこの映画にはしっくりしている。その、まっすぐぶっきらぼうの長男が亡くなるのだからなお哀しさが増してくる。
あと、「煙突の見える場所」もとても良かった。戦後すぐの下町の5本(でしたっけ)煙突が、場所によって3本になったり1本になったり。最初の空から煙突を映したときの、テーマ音楽も、とても、いい。
「ある夜の殿様」は、ユーモラスでおかしかった。昔の山田五十鈴は本当にかなしく、うつくしい。わたしが知っている山田五十鈴は、舞台によく出ていたふとったイメージしかないので・・・。
むかしの日本映画は、皆が芸達者で(加山雄三もそれなりに)、全体が全体としてひとつのストーリーを形作り、まず、飽きさせない。みごとな芸が、自然な所作をとおしてこちらにすうっと入ってくる。
人と人とが映画と言う流れを通して、統合されている感じ。今の映画は、それががたがたという感じがする。そんなに見ていないのだが・・・。あの人はうまいけど、この人は下手だし・・・。という感じ。
見ていない昔の日本映画は山ほどあるので、少しずつ見るのが楽しみである。
小津安二郎監督ではだんぜん「麦秋」。わたしの生まれる以前の北鎌倉駅のプラットフォームで、朝、主人公の原節子が近所の会社員の青年と話を交わすところ。駅の周辺は今よりもうっそうとした木々が茂っていて、それが夏の風であろうか、ざわざわと揺れている。
その中で電車を待つ青年が本を読んでいて、原節子が「何を読んでいらっしゃるの」とかなんとか尋ねる。その本は「チボー家の人々」。内容をページをぱらぱらとめくりながら、青年は原に話す。
それと、最後の麦の穂がざあっと揺れている場面。
最近見た「乱れる」はやはり高峰秀子と十歳年下の加山雄三が主人公。とても哀しい物語である。実家に帰る寸前に駅を降りた高峰と加山は泊まる筈の温泉宿で、高峰はこよりをつくり、加山の指に巻く。「こうしてあなたは小さい頃、わたしの指にこよりをゆわえて、約束を守ってと言ったのよ。だから、わたしもあなたの指に巻いて、明日バスで帰る約束をして、と言う」と話す。
こよりというのは、私も小さい頃、うちと親しいおばあさんが作ってくれるのを見たことがある。くるくると指で紙を細くまるめて強いこよりを作る。それには驚いたけれども、じぶんでいくらうまく作ろうとしても、あのように紐のように強く作れたことはない。
翌朝、崖から落ちて亡くなった人が、ござに覆われて運ばれるのを高峰は宿の窓から見る。だらん、とたれた指にはあのこよりが巻きつけてあった・・・。高峰は驚愕し、追いかける・・・。というところで終わり。
加山雄三は、本当に演技がぶっきらぼうで下手なのだが、そのキャラクターがこの映画にはしっくりしている。その、まっすぐぶっきらぼうの長男が亡くなるのだからなお哀しさが増してくる。
あと、「煙突の見える場所」もとても良かった。戦後すぐの下町の5本(でしたっけ)煙突が、場所によって3本になったり1本になったり。最初の空から煙突を映したときの、テーマ音楽も、とても、いい。
「ある夜の殿様」は、ユーモラスでおかしかった。昔の山田五十鈴は本当にかなしく、うつくしい。わたしが知っている山田五十鈴は、舞台によく出ていたふとったイメージしかないので・・・。
むかしの日本映画は、皆が芸達者で(加山雄三もそれなりに)、全体が全体としてひとつのストーリーを形作り、まず、飽きさせない。みごとな芸が、自然な所作をとおしてこちらにすうっと入ってくる。
人と人とが映画と言う流れを通して、統合されている感じ。今の映画は、それががたがたという感じがする。そんなに見ていないのだが・・・。あの人はうまいけど、この人は下手だし・・・。という感じ。
見ていない昔の日本映画は山ほどあるので、少しずつ見るのが楽しみである。
# by takanak | 2012-01-07 14:56 | なつかしエッセイ | Comments(0)

