英文字

母は英語ができなかった
戦時中だったから勉強したくてもできなかったと言った
YMCAに行って英語を習ったの
英英辞典を見たら
frogのところに
青いちいさな生き物って書いてあったのよ
と面白そうに語った

わたしがアメリカに留学していたとき
母が送ってきたエアメールの住所は
なんとか書いたという、筆記体だった
それを見たルームメートとその姉妹たちが
「おー、英語ができないお母さんが
書いてくれたのね」と
感動するように言った
それは金釘流で
母の日本語の文字の達筆さからは想像できないものだった
母の知性からして、
りっぱな英語の文字が書けるはずだった

戦争が・・・と母は言った

戦争がなかったら・・・と幾度も言った

あたしは英語はできるが
母のような自立心と忍耐心とやさしさと
いやいや、なにも備えていないのに
今更ながら気づく・・・

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# by takanak | 2017-12-10 21:58 | 詩です | Comments(0)

ひとかど

〇ひとつ。大人となってひとかどの者になる人は、どう違うのか・・・じぶんの周りにいたかどうか考えてみた。
あの人、あの人・・・と「ひとかどの者」になった人は、小さい頃から、若い頃から違うのである。

なにが違っていたか?

まず、オーラがある。それからpassionがある。consistentであること。人に積極的にかかわっていくこと。

オーラというのは、持っている才能が他とことなり、輝いて見えること。
雰囲気が、ふわっと違う、その周辺の空気が違うこと。
ある意味洗練されていること、あるいはその原石みたいなものが見えること。

まあ、ひとかどの人はある意味、近寄りがたかったけれどね。

〇 ひとつ・・・アレ? なに書こうとしたか忘れた・・・。また思いだすだろう。

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# by takanak | 2017-12-09 17:10 | 日々の暮らし | Comments(0)

わずらいと風景

姪っ子に
仕事と言うのはそういうものよ
ちゃんとあいさつして
することは決まっているから
あとの不安は置いといて・・・

と言い聞かせてから
それはじぶんにいう言葉だよ
と思う

こちとらは不安が大きく
明日はどうしようかと
思い煩っている具合

ふと、
戦後すぐの
江の島が見える松林を
映画「麦秋」で見たのを思い出した
すがすがしい景色である
子どもがふたり
あるいてゆく
まだ湾岸道路がなかった頃のことである
白黒映画だが
あおく抜けたそら
波の響きが聞こえる

わたしが小学・中学だったころは
すこしそれに近い
海辺ちかくの遊園地
ゴンドラが回っていた
中学の夏休みの最後の日
浜に出て ひとり宿題の絵を描いた
とてもさびしくて
沈んでゆく夕日が真っ赤な光を落としていて
あのころはやっていた
「夕焼け~ 海の夕焼け~♪」なんていう歌がぴったりだった・・・

ひとにはそれぞれその季節の
風景があるのだろう、海には
今はどんなだろう
光が走る夜の浜辺
サーフィン

と、話題を元にもどすと
あー、コミュニケーションの基本もできない
じぶんである

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# by takanak | 2017-12-05 22:12 | 日々の暮らし | Comments(0)

どこに行っても 居ても かならず
苦手な嫌いなひとというのが一人出てくるので
むかしから現在に至るまで
そのことで ずいぶん 苦しんだ

フトおもった
どこにいても、何人集団がいても 必ず嫌いなひとがひとり、いるというのは
つまり
わたしのなかに「嫌われ遺伝子」(というか「嫌い遺伝子」か)が
存在しているのだ
それのおかげて
いつも 誰か・・・がターゲットになる
ターゲットなくして自分は存在しないのだ

気の毒なことだ そのひとは。
だから
ごめんね、と言ってみる
あたしの嫌われ遺伝子は
どうにも仕方がないのだ

それで すこし楽になった
でもまた明日はどうなるかわからない・・・


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# by takanak | 2017-12-04 21:34 | 日々の暮らし | Comments(0)

味方はいない

参加しているエッセイの会で
前回、自分の机の上に全員の作品のコピーが載っていた。
おかしいな、前もってメールで送られた分は自分で印刷して持ってくると
言われていたから、持ってきたのにだぶるなんてもったいないな
と思いつつ、黙って貰った

昨日行った時、空いた席に座ったら
またコピーが置いてあった
でも今回は
なぜか数人メールで届かなかった人がいたので(どうも、わたしのgメールのせいらしい)
もらわなくちゃ、と思って見ていた

そしたら別の人が
「わたしの机の上にはコピーがないのよ」と言って
わたしの隣の人が
「Nさん、印刷したの持ってたらあげてちょうだい」と言われた
だから、わたしは「メールで届かない人がいたので、こちらなら大丈夫」と言って
だぶる分だけ渡した。
もらった人はちょっと不服みたいだった。その人は、課題のエッセイはいつも手書きで先生がそれを入力して
下さるのである。パソコンを使っていない人なのである。
だから、コピーがないと困るのである。
おそらくその席はいつもわたしが座る席なので、コピーがいらないと思われて
配る方が置いてなかったのである。

で、要点は、今になって
自分は送られたメールの添付ファイルをスマホで開ければ良かったということだ
そうすればコピーなど要らなかった・・・と今気づいた

なんて独占欲の強い人間なんだろう。しかも子供の独占欲だ。

この例は枚挙にいとまがない。昔っから。

先週はボーカル教室で月謝を払う時
先生がお釣りを間違えて「6000円のお釣りね」と言った
わたしはそのときすごく緊張していて
そうです、と言った
そしたら聞いていた仲間の人が
「あらあ、それ違うわよ、4000円でしょ。ちゃあんと聞いていましたよ」と言う
わたしはすごく恥ずかしかった。まるで余分にお釣りをもらおうとしたみたいだ。
ちゃあんと聞いてましたよってどういうこと? わたしに言ったこと? わたしがお釣りをだまそうとしたっていうこと?

今思ったのだが、これってぼけだろうか。
昔からこういうことはあったのだが 今になって思うと
ぼけだが緊張だかわからない・・・

わたしの 味方は いないものだ

と、ここまで書いて思いだした。スマホで見ることはできないのだ。メールで来ていないのだから。
勘違いしてここまで書いた。ばっかみたい。



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# by takanak | 2017-12-03 21:21 | 日々の暮らし | Comments(2)