【詩】すいどうみち

町にすいどうみちという道がある
わたしが幼稚園のころ、
母が すいどうみちの端にある
絵の教室に連れて行ったよ
線路を渡ってすぐ
左手の木造でできた二階屋

砂絵の描きかたを教えてくれた
大きな机にすわって
のりを紙につけて
砂をこぼして。

母と手をつないで
また線路を渡って帰った
また 行きたかったのに
二度と行くことはなかった
父が許してくれなかったのだ

今でも思い出す
チンコン私鉄の電車が通る線路を渡って
とおく、駅のロータリーが見えるところ
すいどうみち、と言って
二階のみどり色の建物があった

絵を教えていたよ
大きくなっても
影のように思いだす


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# by takanak | 2017-06-23 23:33 | 詩です | Comments(0)

【詩】ことばの枠組み

「じぶんを だれか
この○○から 救ってくれるものは
ないものか」
という言葉が浮かんだが
その、〇○に入る言葉がみつからない

小さく、混沌として、黒々としているもの。
英語の方がよく見つかりそうな気がする。

こんなふうにして
言葉の枠組み(イメージと呼ぶ人もいるかもしれない)が
まず、先にできる
そこにはスピードとか、リズムというものも
入っている---時間枠だな。

その○○を見つけるには
うんと意識して本から言葉を見つける方法があると思う

布団から朝起きて思いついた言葉がこれである
布団に座って
○○が見つからないのを
もどかしく思う


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# by takanak | 2017-06-22 07:28 | 詩です | Comments(0)

夢の話

昨日一晩眠れなくて
うつうつと夢を見た
家にいたら
窓の桟に肘から下の
大きな腕が逆さに立っていて
あたしは怖くって怖くって
叫ぼうとするのだが声が出ない
母に助けを求めているのだ
母が階段を上ってやって来た時には
うでの姿はなかった
向こう側に落ちたのだろうか
でもともかく怖くって
言葉を出そうとするのだが
あーあ、あーあ、という
音しか出ない。
苦しくって
細く目を開けたら
光が差し込んでいた
汗をかいていた


これって百間先生の世界だな…

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# by takanak | 2017-06-10 16:27 | Comments(0)

【詩】長袖のパジャマ

あれは2000年少し前の
母がまだあちらのせかいに
行ってしまわないころのこと
街にわたしを連れだした母は
洋品店で
ね、これいいね、と
犬のもようのついたパジャマを買ってくれた
夏の長袖なので気持ちいいのである
それから布地の店に行って
白い綿の布を見せてもらって
手に持ち、繰り出し繰り出し
このぐらいがいいね、と言ったが
ものすごい長さで
店員はいぶかしげな顔をしていた

母があちらの世界に足を踏み入れたか入れないころのことである

パスにのれば
長いわたしの使い古しのをもらった
さいふからきちん、と回数券を出して
はいこれ、とあたしにわたしてくれた
小銭をじゃらじゃら出さなくていいようにと

わたしは風邪を引いてしまって
暑くなく、腕が冷えない長袖のパジャマと思って
出したのが
あの、犬の柄のパジャマなのである

長袖のパジャマ引っ張り出して
ふと思いだしたので書いてみた
だからどう、という詩ではないけど

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# by takanak | 2017-05-21 21:54 | 詩です | Comments(0)

今、川端康成の「山の音」を読んでいる。映画を見てぜひ原作を読んでみようと思ったのである。
図書館にあったのがみな活字が小さく、鎌倉駅前の書店にあった新潮文庫のが、わりと活字が大きく
「よし、これ」と思って買った。

映画は大体原作を踏襲しているが、細かいところがやはり、映画では描けないところがある。
でも、さすが成瀬監督だけあって、小説の視覚的に印象的なところはそのままセリフとして出てくる。

わたしは、むかしから小説を読んでもあまりわからなかった・・・。情けないが人との機微というものが
わからないのである。べんきょうばかりしていたからか?

しかし、この年になって、小説を読むときはじっくり、考えながら味わおうと思ったのである。というわけで
ゆっくりゆっくり「山の音」を読んでいる。ともかく、「源氏物語」よろしく、主語がなかったり、その場の空気で読ませたりするので、「これはもし翻訳するとしたら難しいだろうな」と思った。

とくに、どきりとしたのが、主人公の信吾が、女性の服装、たとえば女事務員の服装をよく見ていることである。「きょうは台風だから白いリボンで髪の毛をまとめてきたな」とか、「スカートが着古していた」とか、貧弱な乳房とか(原文通りではない)とか・・・。

冷汗たらりである。というのは、自分は服装にあまり関心がなく、このような観察眼がまったくないので、自分が着る服も無頓着なのである。であるから、もし、川端氏級の男性が周囲にいたらなんと思われるか・・・と気づくとおそろしい。

あと、認知症(と言っても加齢とともにだれでもある症状だと思うけど)のはじまりらしい様子が、あたりまえのように、ふっと描かれる。こんなふうなのだな、とよくわかる。

信吾の感覚は常に死と隣り合わせである。それが感覚的に描かれる。月の周囲にある雲が炎のようだとか。老いとか、死とか、若さとの対極性とか、それに反する芸術、美へ惹かれること。なんか氏が自死をえらんだことがわかるような気もする・・・。なんて尊大なことを言うが。

成瀬監督の「山の音」をご覧になった方はぜひ原作も読まれることをお薦めします。もっと機微深く、人の内面がわかりますので、映画ももっと味わい深くなるかと思われます。

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# by takanak | 2017-05-08 22:40 | 感想 | Comments(0)