2019年 01月 06日
2018年のよかったこと(?)
先日、自分が昔書いたブログの記事をたまたま読んでいたら、精神科医の中井久夫さんの本を読んだ時の感想があった。中井さんは、よく患者さんから、早く仕事がしたいと言われるのだそうだ。でも、働くにはまだちょっと無理でも、社会のなかのいろんな付き合いが働くと同じような作用をする、と中井さんは言う。
たとえば買物に行くのだって、床屋で髪を切ってもらうにしても、何かを習いに行くのも、人との接触がある。それも大事だ、と言うと、患者さんは、先生、だってそれは自分がお金を払ってすることではないですか、働くのとは違います、と言うのだという。
中井さんは、そんな患者に、お金を払ったって人と接触するのは大事なことなんだよ、と言うのだそうだ。
これを読んでその時の私は、とても納得した。それまで私は、お金を払って何かをしてもそれは人づきあいにはならない、なぜならたとえば、デパートで品物を買って店員さんが優しくしてくれても、それは支払いの代価だ、人づきあいにはならない、と思っていた。
しかし、それを読んでから、「なるほど、お金を払ってする行為も、人と慣れるためには大切なことなのだな」と思うようになった。
このブログの日付を見ると、なんと五年前だ。この中井先生の言葉が頭に染み込んで、わたしはお金を払ってする習い事も、美容院に行くのも、すべて人馴れするための大事な体験なのだな、と思うようになったのだが、それからもう五年もたったのか。
なぜこんなことを書くかというと、今年を振り返ると、ずいぶんじぶんはじぶんに折り合いがつくようになったと思うからだ。「折り合いがつく」というのは、ちょっと感覚的で説明が難しいけれど、一言で言うと、毎日が過去に拘泥することもなく、未来を不安がることもなく、目が頭が今のことに向くようになった、ということだ。生きていくのにバランスがなんとか取れるようになった、と言ったらよいのだろうか。
思いだすと五年前、長年勤めた職場を退職したとき、何のあてもなかった。とりあえず翻訳の学校に申し込んだ。退職した翌週の月曜の朝、学校のある新宿の南口に出た時、空は晴れて広かった。背の高いビルが見えた。わたしはそこに降り立って、どうしようもなく茫漠とした気持ちになった。「わたしはこれから何をしようというのだろう」
それから仕事を見つけようとしたが、多少英語の知識があっても自分の年齢ではなかなか仕事というのがないというのがすぐにわかった。それまで、三十代から五十代までずっと同じ職場にいて、世間のことについて全く無知だった。もし前の職場で定年まで勤めていたら、たぶん英語を使った仕事に継続してつけた可能性は大きかった。とても後悔した。
将来のこともいろいろ考えた。家にいる様になると、いままで地元に何のつながりもないことを痛感した。近所の人たちと挨拶はする、昔両親が商店をやっていたので、〇〇やの〇〇ちゃん、というのは知られている。でも、それだけ。
家にいるとまるで大海の孤島に一人居るような気がして、ゾーッとすることもあった。第一将来いったいいくらあったら暮していけるのだろう・・・。そんなことも具体的に考えたことがなかった。
そんなこんな考えているうちに、どん底気分になってしまった。つまり、うつ状態になってしまったのだ。すがるような気持ちで近所の心療内科に行ったりした。そんなときに、「救い」だったのが、NHKの「こころの時代」を見ること。お坊さんの話や、牧師さんの話がじいんと心に沁みた。中でも録画を幾度も幾度も見たのが、弘前の岩木山山麓で「森のイスキア」という家を建て、尋ねて来る人々の話を聞いている佐藤初女さんの話だった。
そのときじぶんが思ったのは、「なんのために自分は生きているのだろう」ということだった。落ち着いた今になると、あの感覚はちょっとわからなくなっているのだが、その時は「じぶんのこれまでの人生のストーリーはなにか。また、これからどう生きていけばいいのか」ということだった。それも、何か具体的な目的を探しているのではなく、もっとスピリチュアルなもの、人間はなんのために生きているのだろう、というような問いである。
一昨年、幸いなことに仕事に就くことができ、また、昨年からひょんなことから姪と一緒に暮らすようになった。それから気分がすうっと上向きになった。それでも昨年あたりまでは仕事のストレスがだいぶあったのだが、今年になって異動があり、周囲の人が変わり、少し楽になった。続けていたいくつかの習い事も、先生に慣れ、回りの人たちに慣れ、楽になった。
それで何がどうなったのかわからないが、人生を肯定的に見られるようになった。目標がなくたって人は生きていける、人は生きているだけで意味がある、過去に悔やむことがあっても、それは今の自分を束縛しない、そんな考えになれるようになったのである。
職もなく、一人でいたときには、周囲のあらゆるものが自分を刺激した。夕方、楽しそうに語らいながら道を歩く家族の姿も、テレビの推理ドラマもとても見ていることができなかった。今は人と比べることはあるけれど、人は人、と思えるようになった。じぶんは他の人と比べて世の中のことがあまりわからない、でもここからスタート。
そんな気分で大体過ごすようになれたことをとてもありがたいと思っている。
(エッセイ教室に提出したもの)
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昨日の「風船」という詩がいつものようにとても良くて、そのことを伝えようと来てみると、約束してくださった通り、「今年の良かったこと」エッセイ教室に提出したものが掲載されていました。
冒頭に中井久夫さんですか。偶然わたしは最近木村敏の本をいろいろと(?)読んでいて、彼のことばをせっせと自分のブログに書き写したり、彼の言葉に刺激されて考えたことなどを綴っていたところでした。
わたしは多分こうさんと同年齢でしょうが、ここ数年、そして日増しに、なにものとも、うまく「折り合いをつけること」ができなくなっています。
そんな中でこうさんのブログを読むとホッとします。
世の中こうさんみたいな人ばかりならずいぶんと楽だろうなぁとしみじみ思います。
そしてそんなこうさんが、人生を肯定的に見られるようになったということは、わたしにも(ちょっと(笑))うれしいことです。
やはり「ブログ村」で、同い年の鬱病の男性をフォローしています。彼にしても、少しでも良くなってもらいたいと思います。
わたしはもうどうしたってよくなることはありません。悲観的というよりも、事実としてそういうことだと受け止めています。
今年も元気で、ホッとする文章を書き続けてください。
素敵なエッセイをどうもありがとうございました。
わたしも人と接触はなるべく避けていますが、この正月休み、一言も話さない日が続き、とても落ち込んでしまいました。
これではいけないと人が多く集まるところへ出かけ、少し明るい気持ちになれました。
それから毎日、お店へ出かけて、なんでもいいので少しでも買い物をして、例えばネギとじゃがいもを一つずつとか、レジの人と一言話すのです。そしたら自分も生きているんだと思えるのです。人と話すということは、とても大切だと思います。
家にこもって文学を楽しんでいるだけでは、落ち込むということがわかり、なるべく一日に一回は外へ出かけています。寒くても出かけます。
こうさんもお散歩などしてはいかがでしょう?すれ違う人に会釈するだけでも、なんだかやさしい気持ちになれます。
あたたかいコメントありがとうございました。
わたしも すぐに落ち込むことはあり 肯定的というか 居直りでしょうか・・・。
どすっとした居直りでなく、軽くちょん、と乗る居直りといいますか。
世の中、良いことありませんか。すこしでも。本でも映画でも。
詩を読んでくださってありがとう。
一日人と話さないと落ち込みますよね。
ホント、人と一言話せるとぐっと楽になりますね。
レジの人というのは 私にはなかなかできません・・・
習い事の人たちと、何気なく話すというのならやっている感じがします。
一日一回は外へ。寒くても。
わたしもそうします。