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立ち読み


きょうも
モップを片手に
おれは
コンビニの床を拭く
ごしごしごし。
雑誌や新聞の前に
あの子
がいる。
たちよみ。
十分
二十分
一時間。
だまって
立って 読んでいる
やせた 女の子

立ち読みはむかしならば ハタキと相場が決まっていた・・・らしいが。
今はモップだ。店長の俺としては、長時間の立ち読みはなんとかせにゃあ、バイトの子たちに示しがつかん。
てな訳で 床をごしごし。店長自ら、ごしごし。
だけどあの子はなぜ毎日、真昼間からコンビニに来るのだろう。何も買わず雑誌ばかり。
今日もまた。三時ごろ、やってきた。
俺が床をごしごしやり始めると、雑誌の棚にいた、ほかの若い子たちはじぶんが立ち読みしているのをどけ、と言われたと思い、すぐに雑誌を取ってレジに行くか、何か別のものを買って出て行く。ところがあの女の子は・・・。
 学校はどうしたのだろう。年齢は高校生くらいか。
 四時・・・。おれはモップを持って、床掃除を始める。ごしごし、すいすい。その子の足元まで行く。
 それでもその子は、雑誌に没頭している。俺が頭を上げる、と、その子がこちらを向いていた。俺の目と合った。くすり、と笑う。なんだかどうぶつのようである。
 「イソガシイデスネ」
 「は?」
その子はまた、くすり、と笑う。口元がちょっと上がり、なかなかかわいい子だ。
 そしてまた、両手の雑誌に目を遣る。若い歌手の写真が写っている。
「お兄さん、この子やせているでしょ」と聞く。
眉間にちょっと皺がよっている。
「あたしこんなふうになりたいの・・・」
と、細い指先で指し示す。
「お兄さん、この子、大学にも行っているのよ。アメリカで育ったし、モデルもしているのよ。なんでもできるの」
 写真を見つめながら言う。・・・なんかおかしいな、この子。俺は思い始めた。
「わたし、毎日毎日運動もするし、ごはんも食べないのにこんなふうになれないの」
と言う。
「そんなこと、ないよ、あんた十分かわいいよ」
「また、うそ言うのね。お母さんとおなじね。わたしは太っているの。ぶすだし」
その子は怒ったように、雑誌を棚に戻す。頁が折れている。
そしてモップを踏みつけると今にも泣きそうに自動ドアから出て行ってしまった。

 それからまた、毎日その子は俺の店に来た。雑誌の棚の前に陣取り、雑誌を開く。・・・同じだ。同じ歌手の写真を眺めている。眺めるというか、見つめる感じだ。同じ写真を10分も20分も見つめている。眉間に皺を寄せて。時折泣きそうな表情をして。
 ある日、ぷつん、と来なくなった。どうしたのか・・・と思っていたら、ある日中年の女性がやってきて、雑誌の棚をうろうろしている。レジに近づくと俺に、歌手の○○の載った雑誌はありませんか、と言う。あの子の眺めていた歌手だ。
 雑誌を渡した俺は、女性にあの子の面影があるのに気づいた。「あの、もしかして毎日来ていた女の子のお母さんでは」と言うと、はっとしたように俺を見つめた。
 「入院したんです。ものが食べられなくて。学校にも行かなくて。こちらに来て雑誌を見るのが唯一好きだったみたいで。親切なお兄さんがいて、いつもモップでわたしをどかそうとするのよ、だけど何も言わない。だからわたし、いつまでも雑誌を見ていたんだ・・・って、クスッと笑いながらいってました。
 申し訳なかったですね、長い間ありがとう。」
 と言って、雑誌数冊買って行った。
 俺はまた、モップに手を伸ばし、床を拭きだした。・・・また来るかな、あの子。退院したら、また、立ち読みにくるといいな・・・。
by takanak | 2008-07-05 23:54 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(0)

海辺の美術館の庭から


by なかすぎこう
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